春野恵子(電波少年のケイコ先生)が現在は浪曲師として世界で活躍中だった!

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「進ぬ!電波少年」で、家庭教師・ケイコ先生としてブレイクした春野恵子さん。

その後、バラエティーやドラマ「救命病棟24時」などで活躍されましたが、やがてテレビでは見かけなくなっていきました。

その春野恵子さんは現在何をされているのでしょうか。

今回はそんな春野恵子さんにスポットを当ててみました。

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プロフィール

生年月日: 1973年7月22日
年齢:42歳
出身地:東京都文京区
血液型:A型
身長:164cm

4才から6才まで米国テキサス州ダラスで過ごし、東京大学文科三類に合格して教育学部に進学します。

卒業後は出版社に勤めていましたが、役者を目指して退社。

4つのアルバイトを掛け持ちながらダンスや歌のレッスンを重ねオーディションを受け続けます。その中に「進ぬ!電波少年」があり、企画シリーズ「電波少年的東大一直線」において、お笑い芸人坂本ちゃんの「家庭教師・ケイコ先生」として人気を得ました。

「進ぬ!電波少年」のその後

「進ぬ!電波少年」企画終了後は、本名の唐木恵子の名でドラマ、CM、司会、バラエティ番組などに出演しますが、元々舞台での役者志望であり、タレント活動は本意ではなく思い悩んでいた所、浪曲と出会い感銘を受け浪曲師の道を歩む事を決意しました。

2003年、上方の女流第一人者の二代目春野百合子に国立文楽劇場の楽屋に押し掛けで弟子入り志願するも断られるが、1か月に1回か2回、東京から夜行バスでの通い稽古を半年間ほど続けた後、二代目春野百合子門下に入門。

弟子入りの修業中は収入もなく、当時はウィークリーマンションを借り、隙間風が入って寒い中毛布を被りながら師匠の浪曲を聞いて稽古をしていました。

弟子入りの際には、ゼロからスタートするという決意を込め、ケイコ先生ということを誰にもばれたくないために髪の毛を3ミリ坊主にして入門しました。携帯を解約して、交友関係もリセットして、誰とも連絡を取らなかったそうです。

現在は年間200ステージほど舞台に立っており活躍を続けいています。

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浪曲師として現在の活動

2006年、12月横浜にぎわい座における「春野百合子と立川談春の会」において前座を務めることで初舞台を飾ります。

現在は一心寺門前浪曲寄席、上方落語定席・天満天神繁昌亭、山本能楽堂・上方伝統芸能ナイトなどに定期的に出演するほか、他ジャンルの演芸・伝統芸能との企画や、舞台への出演、NHKの演芸番組などで浪曲出演を重ねています。

大阪市が未来の大阪文化を担う人材に対して贈る「咲くやこの花賞」大衆芸能部門を受賞。

2013年 には山本能楽堂で開催されている「上方伝統芸能ナイト」において「番町皿屋敷?お菊と播磨?」を全編を英語で上演し浪曲史上初の試みとなりました。

また、同年2013年に京セラドーム大阪で開催されたオリックス・バファローズ対阪神タイガース戦にて国歌独唱を務めています。

2014年には活躍の場を海外にも広げており、演芸界では前例の無いクラウドファンディングによりニューヨークでの浪曲公演を実現しました。その後も中国(アモイ)、ドイツ(ベルリン)、ロシア(ウラジオストク)での公演をされています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

小さい頃から時代劇とミュージカルが好きだった春野恵子さん。

浪曲と出会った時は「自分がやりたいものは浪曲をやれば全部叶う」と思ったそうです。

その後はひたすら浪曲に打ち込み続け、今では演芸界を引っ張る立場にまでなりました。

3月には大阪で「春野恵子の洋楽一直線!~浪曲POPS偉人伝 The Live~」が行われるそうです。

今から公演が楽しみですね。

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