島正博のプロフィールと名言、島精機製作所への軌跡

ニットなどの編み機で世界的トップシェアを誇る会社「島精機製作所」。コンピューター制御横編み機では60%を超える世界シェアを誇っている会社の生みの親である島正博。彼はいったいどのような人物で、どのような人生を歩んできたのでしょうか。

スポンサードリンク

略歴

1937年3月10日生まれ。血液型はA型。和歌山県和歌山市出身。

子供のころから発明に関心があり、わずか16歳のとき手袋編み機の特許を取得しているとのことです。

その後、1962年に手袋編み機の自動化という課題を掲げて、今の島精機製作所を設立。

島精機製作所の概要

資本金:148億5980万円

従業員:1248名(連結従業員数1794名)

事業内容:コンピュータ横編機

     手袋靴下編機

     コンピュータデザインシステム

     自動裁断機

拠点数:83カ国、127ヶ所

島精機製作所の原点

当時の技術で作られた手袋は指先に塊が出来てしまい、そのせいで指先の感覚がなくなり事故が多発していました。

そこで島正博は、指先を丸く編み上げる手袋編み機を開発することによりその問題を解決しました。

さらに手首にゴムを入れることにより、手首に向かって編み目を減らす工程を省いた上に、着脱を容易にしました。

スポンサーリンク

「限りなき前進を続けます」

島正博はメッセージで「惜しみない努力と未知なる領域への挑戦を続けてまいりました」と言っているように、常に創意工夫を怠ることなく前進を続けてきました。

手袋編み機の開発後も、彼の言葉通り前進を続け「全自働衿編み機」の開発、「コンピューター制御編み機」の開発、更には一切縫製することなく、一気に三次元の二ットを編み上げる「世界初」の機械「ホールガーメント」の開発に成功しました。

彼の功績は欧米のニットメーカーからも評価を受け、「東洋のマジック」と称されていたそうです。

島精機本社のエントランス

エントランスには創造性を象徴するロダンの「考える人」と、自ら手を動かし行動する象徴としてのボッティーロの「ラージハンド」、2つの彫刻が飾られているそうだ。

「世界初」を実現させるには頭と手をつなげないといけない。その前提となるのが社員1人1人の「感じる力」だと島社長は強調している。

島社長は1日に2回現場を隅々まで見て回って現場の声に耳を傾けているとのことだ。

これからの島正博

「Ever Onward」(限りなき前進)を理念に掲げる島社長はこれからも未知の分野に挑戦し、新たな「世界初」に向けて挑み続けていくのでしょう。

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket

  • このエントリーをはてなブックマークに追加